放送開始前の時点での、「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」に関するメモ書き

ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」の放送開始まであと2日となった。「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」が1年前に「宇宙をかける少女」をやっていた枠を復活させて放送されることになにやら勝手に縁を感じて、フリーペーパーの「メーカー横断アニメガイド」と、「電撃大王」の神戸・吉野対談記事を読んだ。以下は、それらの記事からのあることないことの憶測。

―企画段階でまず最初にやりたかったことは?
吉野 神戸さんとやるということになった時に、僕の方で神戸さんにこんなフィルムを撮ってもらいたいな、ということで「女の子の日常もの」がいいんじゃないか、と提案したんです。
(中略)
―日常ものを描くのであれば普通の設定でも良かったと思うのですが?
吉野 ちょっとシビアなものがあった方が全体が引き締まるんじゃないかなという話を神戸さんとしまして。
神戸 ピリッとしたところ、ゆるいだけじゃなくて。
吉野 日常範囲からちょっと逸脱したところのシビアさ、シリアスさみたいなものをスパイスとして混ぜられたらステキなんじゃないかなぁということで、架空世界でのこういうお話になりました。


電撃大王2月号より引用


どうやらいわゆる「日常系」らしい。しかも、「軍隊もの」の上での日常系であるから、擬似的な平和・いつ崩壊するか分からない日常、という可能性がついてまわることが容易に想像される。しかも、「日常系」がメインであるとはっきり言い放っていることから、「擬似的な平和」というのは背後に控えていながらも、それが隠蔽されながら描かれることが期待される。すると、これは「日常系」というジャンルに波紋を投げかけた「生徒会の一存」の後継である、と期待して良いのではないか。
生徒会の一存」は、「コメディパート」と「シリアスパート」が緊密に連携しながら「日常」を描き出している。そして、その「日常」がいかにして支えられているのか、という点に「秘密」を抱えていることを匂わせている。生徒会員たちは、ただ「日常」を享受しているのではなくて、「日常」を闘い取っているのである、ということが11話などで影を見せている。しかしながら、全体としてはそれは「秘密」として隠蔽されつつ、生徒会員の「日常」が我々に送り届けられてくる。ただ「モブキャラ=外部性の排除」という不自然さがその背景を匂わせる。
生徒会の一存」では、背景の闘争を巧みに「秘密」化しながら「日常」を描き出した点が新しいと思う。すると「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」において、前面に押し出しているように見える「軍隊もの」という側面を「日常」のスパイスと言うからには、「擬似的な平和」は背後で支える努力が行われつつも、隠蔽されることによって、「日常」ものとして構成されるのではないか、という期待を抱いてしまう。
もちろん、そうならなかったからといってガッカリすることはない。いずれにせよ、神戸守さんと吉野弘幸さんが「日常系」にどんなテコ入れをするのか、非常に興味がある。
(ところで、私は電撃大王に連載されているプレコミックを毎月読んでいる。あまり詳しいことは書かない方がいいかもしれないが、一つ興味を引くのは「音楽」が「軍隊」と不可分な関係となっている世界観である。「擬似的な平和」の演出として、「ラッパの音」が鍵として用いられるのではないか。)


もうひとつ気になるのは、セットデザインの青木智由紀さん。サンライズ8スタ作品だとお馴染みの方だが、「生徒会の一存」のセットデザインも青木さんである。私は「生存」のOPクレジットの氏の名前をにらみながら、ついにその意味を見いだすことなく最終話を迎えてしまった。「生存」に関しては青木さんのインタビュー記事をひとつも読んだことがないので、青木さんが「生存」にいかなる関与をしたのかも不明だが、生徒会室の構造が「生存」で重要な役割を担っているのはOP映像からして明らかであろう。「生徒会の一存」のセットデザインがなぜ青木智由紀さんでなければならなかったのか、「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」を見たら解明されるかもしれない…という淡い期待を抱いている。
そうでなくても、2つの雑誌で2つともセットデザイン・背景美術について言及されていたし、作品の「ウリ」の一つであることは間違いない。「宇宙をかける少女」でのレオパルド市街を手掛けた青木さんがいるのだから、「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」のスタッフ陣が美麗な背景を仕上げてくることは十分期待してよいだろう。


なんにせよ、「生徒会の一存」のおかげで「日常系」というジャンル自体に少し興味を抱いてしまったため、「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」の放送開始を楽しみに待っている次第である。