君に届け 第8話 「自主練」


ボールを蹴ること


原作既読組としてどれくらい言及していいか悩むものの、このまま「原作どおりに」行くならば、今回から季節は「夏」から「秋」へと変わり、「体育祭編」とでも呼ぶべきエピソードが始まります。前回までで抑圧的な室内描写が多くなっていただけに、頻繁に挿入されるひつじ雲の浮かぶ青空のカットが開放感を与えてくれます。また、第1話の頃は鮮やかな緑色だった木々も、若干赤みを帯びた色付けがされています。


ボールを蹴ることはコミュニケーションのメタファーであり、自主練というのは爽子のコミュニケーションの自主練なのだと捉えられます。Bパート終了間際の、「風早くんに、届け」と言いながら爽子がボールを蹴るシーンにそのことが集約されていると言っていいでしょうが、もう一つ眼を引いたシークエンスは昼休みの「団体練習」です。
放課後の自主練の前段階として、昼休みの練習では千鶴が見本を示すかのように、ボールを高く蹴り上げて爽子にパスを回していますが、ボールが天高く昇って行って、太陽に重なるカットが非常に格好いい。ボールを蹴る目標は地面においてあるゴールなどではなく、青空なのです。青色は風早くん、あるいは男性一般の象徴。サッカーゴールではなく青空に向かってボールを蹴り上げる描写が、「サッカーボール」というメタファーの本質を表していると言えるでしょう。(同時に、コミュニケーションの欲求の対象を男性に絞っている点には、「友情話」から「恋愛」へとシフトしてきたことも伺えます。)


さて今回、昼休みが終わって撤収していく男子の青いジャージと女子の赤いジャージの対比とか、風早くんの影に「青空」が反射するというイメージ・ショットとか、改めて男女の色別の様子を提示しているのは上に書いたことを強調するためかもしれませんが、その中でも夕方頃の空の色彩は眼を引きました。
体育祭の実行委員の集まりにおける胡桃のシークエンスの後、「君に届け」において頻繁に登場する「青色と赤色が混じった空」のカットが挿入されますが、今回は少し様子が異なります。そもそもこの混色の空はどのようにして導入されたかといえば、第2話において「風早くんと爽子の主観の融合」を表現するために、空が青色、雲が茜色という色付けがされたことが発端でした(詳しくは第2話のエントリを見てください)。ところが今回は、色がくっきりと二層に分かれています。下がオレンジ色で上が青色。
色が分離して描かれているのは「友情」と「恋愛」の差異から来るものでしょうが、昼休みに提示されている「ボールの上昇」によって、コミュニケーションというのが「上昇」のイメージだとされていることを考えると、爽子を下に、風早くんを上に描いていることが本質的なのでしょう。


胡桃の周囲の色彩


さて、これから暫くは胡桃がよく出てきます。胡桃は中学時代からの風早くんの知り合いで、風早くんが好き。そして今回、開放感に対して閉塞感、明るい色彩に対して暗い色彩と、爽子の周囲とまるで真逆のイメージが胡桃を取り巻いていて、爽子との対立が明確にされています。
1つ目はAパートの初めのほうの、くるみが友達2人と廊下を歩いて行くシーン。低くて黒ずんだ天井は、冒頭で示された青空と対比され、胡桃の抱えている闇が反映されている。胡桃が抱えている闇が何なのかといえば、隣で友達が噂をしている爽子が最近風早くんにまとわりついていること。このシークエンスの直後に、爽子のモノローグとともにひつじ雲の浮かぶ青空が提示されて、爽子と胡桃の対比があらわになっています。
2つ目はAパートの終わりで、胡桃がトイレの個室に籠って盗み聴きをしているシーンで、「天井」よりさらに閉塞感を与える「トイレの個室」が描写されます。3つ目は体育祭の実行委員の集まりで、風早くんと喋っている時。風早くんが窓の外に爽子を見つけ、爽子に注視している様子が描写され、それを見ている胡桃の周囲には、ギョッとするくらい黒い天井が描写されます。そして、Bパートの最後のカット。真っ暗な教室の中でくるみが一人窓の外を眺めている様子が描かれます。窓の外には風早くんと爽子がいるのでしょう。


花壇の花


爽子が花壇に水をやりながら、目の前の窓が開けられたのを見て、第1話で風早くんと喋ったことを思い出すシークエンスがあります。ここのシークエンスが主張していることを探るには、花壇の花を見てみるといいかもしれません。実は第1話の段階では、花壇にはマーガレットしか咲いていなかったんですよね。ところが今回、花壇には色とりどりの花が咲いています。爽子が大事に世話をしているこの花壇が何の意味を持つのかは、爽子の心象世界を投影したものかもしれないし、爽子の交友関係が反映されているのかもしれないし、様々な解釈が可能でしょうが、ただ一つ言えるのは、爽子が四半期前の自分を思わず振り返ってしまうだけの成長を、爽子はしたということが、この花壇の変容から読み取れるということです。
さらに、この「花」たちはもう一度、風早くんが爽子の前に現れた時、爽子がボールをもらって、爽子の足元を捉えたカットで再度出現します。今回のコミュニケーション・デバイスであるところの「足」を、花壇の花が彩っているという構図が綺麗です。また、爽子の足元を花が彩っているのと、胡桃の頭上が黒ずんでいる、というところにも対比が見られます。



全体として、季節感の変化と、校舎外の開放感を基調とした画面の構成によって、「体育祭編」の導入に相応しい回になっていたと思います。